「可愛くワガママに愛される」ということ

ご訪問ありがとうございます。

石井えりです。

 

前回、こちらの記事

「可愛くワガママに生きる」ということ

 

「可愛くワガママに生きる」ということ

について記載したのですが、

 

 

「ワガママ」って

私は自分のしあわせの軸だと思うのです。

 

 

私のまわりにいる

愛されて幸せな人達って

「旦那さんのことが大好き♡」

というのが、

嘘偽りなく全身から伝わる。

 

先日、ふと思い出しました。

(旦那さんって言葉はないみたいなのですが

ここでは敢えてその表現をさせていただいております。)

 

小さな頃に見た夢

「好きな人のお嫁さん」

 

彼女達は、本当に言葉だけでなく、

言動、話し方から

「好きな人のお嫁さん」でいることに

喜びや幸せを感じ、

自分にとっての「しあわせ」が何か

とても明確に生きているんだな。って思いました。

 

 

自分にとっての

「しあわせ」

 

これがあれば、

「しあわせ」

 

が決められないと、

いろんなところでブレる。

 

 

例えば、ごくごく普段の話で言うと、

一人暮らしの時は駅近に住んでいて、

一人から二人になった時に家から駅が遠いのがいや。

とか

一人暮らしの時は三分に一本の電車が通る駅のそばに住んでいたけれど、

一人から二人になった時に一時間に一本の電車しかこないとこはいや。

とか。

(あ、これは極端でしたね)

 

嫌、嫌。不服を見つけて

「しあわせ」から遠のいてしまうこと。

 

本来、求めている「しあわせ」がそこにあるのにもかかわらず、

そこを見ようとせずにいてはせっかく手に入れたしあわせまでの

取りこぼしてしまう。

 

スルスルっと手の中から抜けていくように。

 

だから、小さい頃に見た

「好きな人のお嫁さん」からほど遠のいていく。

 

年収が。

学歴が。

職業が。

などと

頭で考えて条件付きで

好きになろうとする。

 

上記に書いたことは、私の言う「ワガママ」とは異なります。

 

「応援したいワガママ」

「更にいいものを求めるワガママ」

 

とは違います。

 

駅のそばに住むことが「しあわせ」に結びつくのであれば、

そこを軸にすればいいいし、

三分に一本の電車が通る生活が「しあわせ」になるのであれば、

そこを軸にすればいい。

 

 

どれが正解、不正解、って言ってるのではなく、

自分の中の「しあわせ」の定義を決める。

 

 

 

「好きな人のお嫁さんになる」

「旦那さんのことが大好き♡」

 

これって、私、とてもシンプルで

とてもワガママに生きて

ワガママに愛されてるな。って思うのです。

 

 

ワガママってフレーズはネガティブな言葉として使われやすいけれど、

自分のしあわせが何かわかっているから

ワガママでいられるんです。

 

自分のしあわせが何かわかってないと、

ブレたり、

いい子って思われたくて

目の前の相手にとっての

いい子を演じてしまったり、

未来のない恋愛にすがってしまったり。

 

結局、「何を考えているのかわからない。」

と言われてしまったり、

自分がない子だな。と

思われてしまいます。

 

彼に合わせて頑張っても、

自分の軸がないから、

残念な結果に終わってしまう。

 

 

「ワガママに生きること」は

言い方を変えると

自分の道しるべでもあると思っています。

 

自分にとっての「しあわせ」の

道しるべ。

 

 

隣の芝は青く見える、という言葉があるように

隣の芝は青く見えます。

言えば、キリがないです。

 

 

 

だからこそ、自分にとっての

「しあわせ」

これさえあれば、

「しあわせ」

って言う、

「可愛くワガママな生き方」が

「可愛くワガママに愛される」んです。

 

 

しあわせってね、誰かに求めるものではないからね。

 

20代、外側から満たす満たし方しか知らなかった私が言うか。

って話でうすが、

しあわせは外側から埋める前に内側をしっかり見てください。

 

 

今日も私は、

「可愛くワガママな毎日を快適に」

 

毎日にプラス1枚の優しさとときめきのある

可愛い布ライナーをどれにしようかな❤︎

とニコニコしながら選んでおります。

 

 

可愛いものを見ていると

顔が緩んで

可愛くいられちゃう気がします。

 

目指すは可愛いおばあちゃん!!

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